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2024年4月24日にラガー選手『姫野和樹』さんに熱愛報道が発覚しました。
お相手は元乃木坂46のメンバーで、現在テレビ朝日アナウンサー『斎藤ちはる』さんだと判明しました。

しかし、そんな『姫野和樹』選手は現在輝かしい実績とは裏腹に幼い頃、普通とは程遠い壮絶な半生を送っていました。
今回はそんな、『姫野和樹』選手に関する記事をまとめてみました。
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姫野和樹の壮絶な幼少期時!?

- 名前:姫野和樹
- 生年月日:1994年7月27日
- 出身地:愛知県名古屋市
- 最終学歴:帝京大学卒業
- 職業:ラグビー選手
- 家族:父・姉・妹(日本人)、母(フィリピン人)
“ジャッカル“の必殺技を持つラガー選手の【姫野和樹】さん。
さわやかなルックスと優しい笑顔が特徴的な姫野選手。実は幼い頃から想像を絶する過去がありました。
当時の実家は古い木造住宅でペンキが剥がれ落ち、サビだらけの外階段が見える貧相な住まいでした。

姫野選手の父は給料日に両親2人で丸一日パチンコする、机には千円札が置かれそれで食いつないでいました。
そのため給食費も払えず、担任に催促されたこともあり、本当に色々な意味でつらかったと語っていました。
そんな家庭の事情から夜遅くまで近所の神社や公園で時間を潰す日々を送る。

姫野選手は高校を卒業するまで住まわれていました。
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姫野和樹の少年時代の意外なエピソード3選!
1.駄菓子屋おばちゃんとの思い出!
唯一の嬉しい思い出は【駄菓子屋のおばちゃん】に、”賞味期限当日”のパンを貰えた事が何より嬉しかったと述べています。

おばちゃんは「小遣いの少ない子供も、仲良くみんなで楽しめるように」と独自のゲームなどで、楽しませて頂いた素敵な思い出です。
この駄菓子屋のお店には現在も、姫野選手の中学時代からの実績が飾られているとの事です。
2.野球もサッカーも諦めた過去!
実は小学生時代は地元の野球チームやサッカーのクラブチームに体験入部した経験がありました。
しかし、野球は一式用具を揃えるためのお金が、先程の供述同様家庭の事情の為出来なかった。

サッカーも月謝が払えないため、諦めざるを得なかった。
そんな中学生時代のとき、運命のラグビーに出会う事が出来たのです。

3.好きなものは『月』
幼い姫野選手にとって『月』は友達でした。
幼少期は実家は姫野選手にとって【ただ寝る為の場所】にしかなかった。
夕方遊んでくれた友達が帰ってしまった後には、公園やアパートの階段で1人で月を眺めていました。

そして月に向かって「大人になって、もし自分の子供ができたら、こういう思いはさせたくない。」「絶対にラグビーで這い上がってみせる!」
そして家族みんなで笑い合える暖かい家族という、ありふれたごく”普通の生活“に憧れを抱くようになりました。
姫野選手は今でも『月』が好きと語っていました。
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運命のラグビーとの出会い!
中学校に入部した途端に顧問教師に誘われ体験した結果、ラグビーにハマりすぐ入部しました。

中学1年生の時点で身長170cmでしたが、中学3年生には『187cm』まで伸びていました。
顧問教師も姫野選手の体格に惚れ込んだのか、おそらく”直感”が働いたのでしょう!

夢中になり気が付けばパワフルな体格と、強靭なパワーという自身の武器になっていました。
そんな姫野選手ですが、いくつかの『壁』が立ち塞がりました。

まずは練習用のジャージやスパイク、運動靴もすぐボロボロになっても、諸事情通り新しく買い換えれない事。
(※それだけラグビーに情熱を入れ込んで、練習してた証でもある。)
そしてありがちな『人間関係』。
姫野選手は何事も本気で全力でぶつかり過ぎて、周囲の人達を(不本意で)ケガさせる事もあった。

その事で監督から禁止令が出たり、そのせいで聞く耳持たない【一匹狼状態】でした。
そして監督から『心の幼さが課題だ、心を鍛えて一流になれ!』と言われ続けました。
最初は理解出来なかったけど、【一流】というモノを真剣に考えていました。
そして「手を抜く事は損」という答えを見つけてからは、ラグビーの時だけイヤな事は一切忘れる事が出来たと語っていました。
そして将来は【プロのラガーマン】になると誓ったそうです。

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まとめ
今回は『姫野和樹』に関する記事を書いてみました。
壮絶な生い立ちから現在までの活躍、そして素敵な恋人との真剣交際!
パートナーとはまた違う意味で、様々な出来事を乗り越えてきた『姫野』選手。
そんな姫野和樹さん達の活躍を期待してみようと思いますが、いかがでしょうか?
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